04/27: 大田俊博さんのこと
大田俊博さんが亡くなってはや一年が経過した。
大田さんとの出会いがいかなるものであったかは以下に引用するご本人の随筆に譲るとして、大田さんのことを簡単に紹介しておこう。
大田俊博さんは、大阪に本社を置き、戦後、公営競輪、競馬などの場内放送、あるいはラジオ放送の草分けとして、関西の放送及び広告業界に確固たる地位を築いた広告代理店、株式会社弘報舘の経営者であった。
かつて、放送関係の知人に大田さんのことを知っているかと尋ねて、「この業界で大田さんと知らなかったらもぐりですよ」というお答えを頂いたこともあった。
私とは年齢もずいぶんと離れていたのだが、なぜか気があい、よく食事やお酒の相手をさせていただいたものである。
熱い思いと軽妙洒脱な語り口、まさに永遠の青年であった。
いつかあの世とやらで再会するのが楽しみである。
以下の文章は、一周忌を記念して弘報舘の安島社長が刊行された「大田俊博 遺稿・追悼集」に収載されたもので、ご遺族の了解のもと、引用・掲載させていただくものである。
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医者が書いた日米開戦の秘話?猖杜?〃
好戦的なファシズムの勢力が暴走した結果、日本は太平洋戦争に突入した、とするのが
一般的な図式であろうが、これは歴史の真実ではない。真実はもっと別の所にある、と著者橋本 惠は声を大にする。
悲惨をきわめた戦争に打ちのめされた日本、さんたんたる敗北を喫した太平洋戦争が終って既に半世紀以上の年月がたった。
過去の教訓に学ぶということに歴史最大の意義があるならば開戦に至るまでのいきさつを知ることも大切なことであろう、と橋本惠は熱っぽく説く。
謀略?かくして日米は戦争に突入した。
平成十一年、早稲田出版から出た本である。
著者・橋本惠は京都大学医学部卒業、大学院のあと医学部の助手、講師を経て現在は京都の私立病院の院長をつとめる。
いつの頃からかふらっとわが社に入ってきて雑談していく丸善書店のＮ?猖杜??瓩枠爐?もってきてくれた。ざつと目を通した。斜めに読んだ。この本の大半は陸軍大佐であり、軍事課長でもある岩畔豪雄を追う二百五十頁、内容がずしりと重い。
外務省の徹底的な非協力の中で駐在大使・野村吉三郎の手による日米和平交渉がぎりぎりの線まで進められていく。そして日米の合意をまとめようとする諒解案がもろくも崩れさる。
橋本はそれに至る過程を次から次へと的確にあかしていく。医を本業とする橋本がこの種の内容をよくぞと感心しながら改めて読み直した。
昭和十六年、ポトマック河畔に桜咲く春のワシントン、ここで日本の命運をかけて戦争回避に奔走する人間がおった。
外交官ぢゃない。軍人である。
その名は陸軍大佐、岩畔豪雄。陸軍省の軍事課長であった。
日米諒解案をとりつけるべく夜を日についで努力を続ける岩畔豪雄、彼の努力も結局は無に帰していった。
そして野村大使が戦宣布告をアメリカに手渡した時既に真珠湾の奇襲は始まっておった。
岩畔の努力と夢を打ち砕いたのはルーズベルトでもない。東条英機でもない。
それは・・・
この本をお読みになったあなたの判断にゆだねる、と橋本は書く。
"謀略"に生々しく鋭い筆到で描きだされていく岩畔豪雄の人間像。当時の政府首脳の無知蒙昧ぶりが歯切れのよい文章で綴られていく。更に続く国際政治に於ける政治力学の舞台裏、著者・橋本恵の分析力に溜息ついた。
"謀略"を手にした頃、狭心症と診断されて病院に入った。平成十四年のことである。
丸一年、医者管理下の生活を続けながら、この本のことを考えた。
橋本惠にこの内容をラジオで紹介してもらう、とすれば終戦の日、八月十五日と十二月八日、開戦の日がよかろうと勝手にきめこんだ。
とりあえず京都放送に電話をいれた。
八月十五日、十五分の時間を空けるように、こうした内容を医者が喋ると一方的に通告した。
それが余りも強い口調であったため首を縦にふらざるを得なかったと後日、局の担当者が苦笑いした。続いて十二月八日は神戸のラジオ関西で放送した。ここでもスタジオに人つた橋本がアナウンサー相手に自著"謀略"の概要を喋った。これでひと先づ終わったものの、一度ドクター橋本に逢ってみたいとの思いが日々つのってきた。
病癒えたある日、京都に彼を訪ねた。
一人ではまだ足許が危い。丸善のＮと社の美人Ｋに同行してもらって院長室に入った。
型通りの挨拶のあと百万遍の料亭、梁山泊の客となった。美しい人は伊賀上野の育ち、伊賀者である。幼い頃を過ごしたのは、かや葺の大きな家、高い梁と欄間に数本の槍がかけてあった、という。子供心にそれが怖くて上を向いては寝つかれなかったと白い顔をくもらせた。
槍の話しから司馬遼太郎の“梟の城"を思い浮かべた。産経新聞の京都支局時代に書き続けた“梟の城"、仏教系の日刊紙・中外日報に連載し、たしか昭和三十四年の直木賞、中外日報その頃の代表は今東光であった筈、美しい人が眉をひそめた槍の話しから忘れかかった記憶が甦ってきた。
“謀略"にもどって橋本の言葉、この本を出すまでに百冊近い参考資料を読んで五年の歳月を要したと。循環器内科の医者である。
医にたづさわりながらよくぞと感じいることしきりの夕べ。その問にもビール、瓶が林立した。徳利が並んだ。酒は白山の麓、石川県鶴来の菊姫。盃を前にしてドクターの話しが続く。
岩畔豪雄は広島県・倉橋島の生れであると。
この島は良質の花樹岩の産地、地図を開くと呉の南に浮かぶ大きな島である。
陸軍幼年学校から陸軍士官学校そして陸大へと進んだ岩畔は陸軍省内の部局を二度三度と変りながら中野学校の設立にも関与していった。こうした経歴を重ねながら岩畔豪雄は省内では中枢の軍事課長のポストについた。
その頃の日米関係は悪化する一方の状態、これを調整し交渉し、そして打開するための人材を駐米大使の野村吉三郎は政府に要請した。
これに基いて岩畔はアメリカへ渡った。そこで元産業中央金庫の理事、井川忠雄と共に野村大使の協力者となって懸命の和平工作を続けていった。
然し、とドクターは書いた。too late と。
交渉が行き詰った岩畔はワシントンを後にして帰国、総理の近衛文麿を初めとして東条英機その他の要所を説いて廻ったものの結局は徒労に終った。彼の期待は空転した。
そして待っていたのは仏印への転出命令、いわば左遷であった。
開戦・・・そして敗戦
日本の主要都市は殆んど焼け野原となった。
岩畔が耳にした終戦の報はビルマ・ペグ一山系を脱出した時であった。
その後長い空白の時を経過して昭和四十年、岩畔は京都産業大学、世界平和研究所長として思索の日々を送ることになった。
その間にアーノルド・トインビーとの対談もあった。
?狎鐐荵墨澄蹐盻颪?残した。
トインビーとの間に書簡のやりとりもあった。
彼からの寄稿を入れて?牴奮愡�代�?ら人間の時代へ?瓩眄い北笋Δ拭?正に激動の人生を
歩いた岩畔豪雄は昭和四十五年、七十三才で世を去った。
盃を前にして橋本は続ける。
ゎが祖母が広島県・倉橋島の出身で旧姓は同じ岩畔という。
こうした点から人と人のつながりに思いを馳せ、又拭い去ることの出来ない血脈に改めて思い至った。
橋本惠はここで話しをしめくくって盃を干した。それにしても、この夜のドクターはぎょうさんの酒を飲みんさった。
手もとに佐野眞一著?牋さ躄Ν猖��?の夜と霧 がある。この中で佐野は書いた。
昭和十四年、陸軍省軍事課長・岩畔豪雄の命令で軍需国策会社、昭和通商が創られた。
表むきは国策会社の昭和通商も裏にまわればアヘンの取引もやっておった。そして、この昭和通商になんらかの形で関係もった人物には、今西錦司、石田礼助、児玉誉士夫、阿部次郎の弟、堀三也などの顔がみえて記録に残らない全く謎の会社であった、という。
大田さんとの出会いがいかなるものであったかは以下に引用するご本人の随筆に譲るとして、大田さんのことを簡単に紹介しておこう。
大田俊博さんは、大阪に本社を置き、戦後、公営競輪、競馬などの場内放送、あるいはラジオ放送の草分けとして、関西の放送及び広告業界に確固たる地位を築いた広告代理店、株式会社弘報舘の経営者であった。
かつて、放送関係の知人に大田さんのことを知っているかと尋ねて、「この業界で大田さんと知らなかったらもぐりですよ」というお答えを頂いたこともあった。
私とは年齢もずいぶんと離れていたのだが、なぜか気があい、よく食事やお酒の相手をさせていただいたものである。
熱い思いと軽妙洒脱な語り口、まさに永遠の青年であった。
いつかあの世とやらで再会するのが楽しみである。
以下の文章は、一周忌を記念して弘報舘の安島社長が刊行された「大田俊博 遺稿・追悼集」に収載されたもので、ご遺族の了解のもと、引用・掲載させていただくものである。
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医者が書いた日米開戦の秘話?猖杜?〃
好戦的なファシズムの勢力が暴走した結果、日本は太平洋戦争に突入した、とするのが
一般的な図式であろうが、これは歴史の真実ではない。真実はもっと別の所にある、と著者橋本 惠は声を大にする。
悲惨をきわめた戦争に打ちのめされた日本、さんたんたる敗北を喫した太平洋戦争が終って既に半世紀以上の年月がたった。
過去の教訓に学ぶということに歴史最大の意義があるならば開戦に至るまでのいきさつを知ることも大切なことであろう、と橋本惠は熱っぽく説く。
謀略?かくして日米は戦争に突入した。
平成十一年、早稲田出版から出た本である。
著者・橋本惠は京都大学医学部卒業、大学院のあと医学部の助手、講師を経て現在は京都の私立病院の院長をつとめる。
いつの頃からかふらっとわが社に入ってきて雑談していく丸善書店のＮ?猖杜??瓩枠爐?もってきてくれた。ざつと目を通した。斜めに読んだ。この本の大半は陸軍大佐であり、軍事課長でもある岩畔豪雄を追う二百五十頁、内容がずしりと重い。
外務省の徹底的な非協力の中で駐在大使・野村吉三郎の手による日米和平交渉がぎりぎりの線まで進められていく。そして日米の合意をまとめようとする諒解案がもろくも崩れさる。
橋本はそれに至る過程を次から次へと的確にあかしていく。医を本業とする橋本がこの種の内容をよくぞと感心しながら改めて読み直した。
昭和十六年、ポトマック河畔に桜咲く春のワシントン、ここで日本の命運をかけて戦争回避に奔走する人間がおった。
外交官ぢゃない。軍人である。
その名は陸軍大佐、岩畔豪雄。陸軍省の軍事課長であった。
日米諒解案をとりつけるべく夜を日についで努力を続ける岩畔豪雄、彼の努力も結局は無に帰していった。
そして野村大使が戦宣布告をアメリカに手渡した時既に真珠湾の奇襲は始まっておった。
岩畔の努力と夢を打ち砕いたのはルーズベルトでもない。東条英機でもない。
それは・・・
この本をお読みになったあなたの判断にゆだねる、と橋本は書く。
"謀略"に生々しく鋭い筆到で描きだされていく岩畔豪雄の人間像。当時の政府首脳の無知蒙昧ぶりが歯切れのよい文章で綴られていく。更に続く国際政治に於ける政治力学の舞台裏、著者・橋本恵の分析力に溜息ついた。
"謀略"を手にした頃、狭心症と診断されて病院に入った。平成十四年のことである。
丸一年、医者管理下の生活を続けながら、この本のことを考えた。
橋本惠にこの内容をラジオで紹介してもらう、とすれば終戦の日、八月十五日と十二月八日、開戦の日がよかろうと勝手にきめこんだ。
とりあえず京都放送に電話をいれた。
八月十五日、十五分の時間を空けるように、こうした内容を医者が喋ると一方的に通告した。
それが余りも強い口調であったため首を縦にふらざるを得なかったと後日、局の担当者が苦笑いした。続いて十二月八日は神戸のラジオ関西で放送した。ここでもスタジオに人つた橋本がアナウンサー相手に自著"謀略"の概要を喋った。これでひと先づ終わったものの、一度ドクター橋本に逢ってみたいとの思いが日々つのってきた。
病癒えたある日、京都に彼を訪ねた。
一人ではまだ足許が危い。丸善のＮと社の美人Ｋに同行してもらって院長室に入った。
型通りの挨拶のあと百万遍の料亭、梁山泊の客となった。美しい人は伊賀上野の育ち、伊賀者である。幼い頃を過ごしたのは、かや葺の大きな家、高い梁と欄間に数本の槍がかけてあった、という。子供心にそれが怖くて上を向いては寝つかれなかったと白い顔をくもらせた。
槍の話しから司馬遼太郎の“梟の城"を思い浮かべた。産経新聞の京都支局時代に書き続けた“梟の城"、仏教系の日刊紙・中外日報に連載し、たしか昭和三十四年の直木賞、中外日報その頃の代表は今東光であった筈、美しい人が眉をひそめた槍の話しから忘れかかった記憶が甦ってきた。
“謀略"にもどって橋本の言葉、この本を出すまでに百冊近い参考資料を読んで五年の歳月を要したと。循環器内科の医者である。
医にたづさわりながらよくぞと感じいることしきりの夕べ。その問にもビール、瓶が林立した。徳利が並んだ。酒は白山の麓、石川県鶴来の菊姫。盃を前にしてドクターの話しが続く。
岩畔豪雄は広島県・倉橋島の生れであると。
この島は良質の花樹岩の産地、地図を開くと呉の南に浮かぶ大きな島である。
陸軍幼年学校から陸軍士官学校そして陸大へと進んだ岩畔は陸軍省内の部局を二度三度と変りながら中野学校の設立にも関与していった。こうした経歴を重ねながら岩畔豪雄は省内では中枢の軍事課長のポストについた。
その頃の日米関係は悪化する一方の状態、これを調整し交渉し、そして打開するための人材を駐米大使の野村吉三郎は政府に要請した。
これに基いて岩畔はアメリカへ渡った。そこで元産業中央金庫の理事、井川忠雄と共に野村大使の協力者となって懸命の和平工作を続けていった。
然し、とドクターは書いた。too late と。
交渉が行き詰った岩畔はワシントンを後にして帰国、総理の近衛文麿を初めとして東条英機その他の要所を説いて廻ったものの結局は徒労に終った。彼の期待は空転した。
そして待っていたのは仏印への転出命令、いわば左遷であった。
開戦・・・そして敗戦
日本の主要都市は殆んど焼け野原となった。
岩畔が耳にした終戦の報はビルマ・ペグ一山系を脱出した時であった。
その後長い空白の時を経過して昭和四十年、岩畔は京都産業大学、世界平和研究所長として思索の日々を送ることになった。
その間にアーノルド・トインビーとの対談もあった。
?狎鐐荵墨澄蹐盻颪?残した。
トインビーとの間に書簡のやりとりもあった。
彼からの寄稿を入れて?牴奮愡�代�?ら人間の時代へ?瓩眄い北笋Δ拭?正に激動の人生を
歩いた岩畔豪雄は昭和四十五年、七十三才で世を去った。
盃を前にして橋本は続ける。
ゎが祖母が広島県・倉橋島の出身で旧姓は同じ岩畔という。
こうした点から人と人のつながりに思いを馳せ、又拭い去ることの出来ない血脈に改めて思い至った。
橋本惠はここで話しをしめくくって盃を干した。それにしても、この夜のドクターはぎょうさんの酒を飲みんさった。
手もとに佐野眞一著?牋さ躄Ν猖��?の夜と霧 がある。この中で佐野は書いた。
昭和十四年、陸軍省軍事課長・岩畔豪雄の命令で軍需国策会社、昭和通商が創られた。
表むきは国策会社の昭和通商も裏にまわればアヘンの取引もやっておった。そして、この昭和通商になんらかの形で関係もった人物には、今西錦司、石田礼助、児玉誉士夫、阿部次郎の弟、堀三也などの顔がみえて記録に残らない全く謎の会社であった、という。