イワクロ.com〜かくして日米は戦争に突入した〜

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    • ワシントンに着任して
    • 「諒解案」に策定に着手
    • これがその主要内容
    • 表舞台に躍り出た『諒解案』
    • 【第三章】参考引用文献
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第三章「日米了解案の全貌」

2.「諒解案」策定に着手

―不眠不休の3日間―

 若杉の言葉を聞き流した岩畔は、翌日、空路ワシントン入りしたドラウトとともに、日米首脳会談の基礎、「基本的合意案」の作成を開始した。
 すべては、ニューヨークでの話し合いどおりであった。
 作業は、ワードマンパークホテルの岩畔の部屋を使って行われた。
 3人は、3日間にわたって数時間の仮眠をとっただけで「諒解案」全文を一気に作成した。
 作業は、岩畔とドラウトのディスカッションを井川が通訳しながら行われたという。
 陸軍省政治スタッフとして日本の国情国益を知り尽くした岩畔と、背後にルーズベルトの懐刀ウォーカーを控えたドラウトの間で交わされた議論は、まさに凝縮 された形の日米交渉であった。しかし、それは決して相手を論破するための議論ではなく、妥協点と落としどころを求めるシミュレーションでもあった。
 日米それぞれどこまで譲歩することができるか? どこから先は譲歩できないか?
 全知全能を尽くしてのディスカッションが続いた。
 その間、関係各方面に電話をかけるドラウトであったが、話が終わって受話器を置くときに「国務省のバカ野郎」と罵るのを常とした。
 聞き耳を立てている国務省の役人に聞かせるためだという。
 4月5日、第1次素案ができ上がった。そしてそれは直ちに日米双方に持ち帰られた。
 予想していたとおり、日米双方からさまざまな修正要求が出てきて、今度はそれらの要求を「素案」に取り入れる作業が始まった。最初の時と違って、具体的なクレームが出てきた後ではそれらの調整は困難を極めた。
 4月9日、やっと第2案がまとまった。
 しかし、これに対してもさらにクレームが出てきて再度の調整となった。
 こうした繰り返しの末、ついに最終的な「諒解案」がまとまったのが、1941年4月16日のことであった。約2週間の作業だった。
 以下に、日米諒解案全文を掲載する。

【日米諒解案全文】

 日本国政府及び米国政府は両国間の伝統的、友好関係の回復を目的とする全般的協定を交渉し且之を締結せんが為茲に共同の責任を受諾する。
 両国政府は両国国交の最近の疎隔の原因に付いては特にこれを論議することなく、両国国民の友好的感情を悪化するに至りたる事件の再発を防止し、その不測の発展を制止することを衷心より希望する。
 両国共同の努力により、太平洋に道義に基づく平和を樹立し、両国間の懇切なる友好的諒解を速やかに完成することにより、文明を覆滅せんとする悲しむべき混 乱の脅威を一掃せんこと、もしその不可能なるに於いては速やかに之を拡大せしめざらんことは両国政府の切実に希望するところなりとす。
 前期の決定的行動の為には長期の交渉は不適当にしてまた優柔不断なるに鑑み茲に全般的協力を成立せしむる為両国政府を道義的に拘束し、その行為を規律すべき適当なる手段として文書を作成することを提議するものなり。
 右の如き諒解は之を緊急なる重大問題に限局して会議の審議に譲り、後に適宜両国政府間に於いて確認しうるべき付随的事項は之を含ましめざるを適当とする。
 両国政府の関係は左記の諸点につき事態を明瞭にし又これを改善し得るに於いては著しく調整し得べしと認めらる。

 
@
日米両国の抱懐する国際的観念並びに国家観念。
A
欧州戦争に対する両国政府の態度
B
支那事変に対する両国政府の態度
C
太平洋に於ける海軍兵力及び航空兵力並に海運関係
D
両国間の通商及び金融提携
E
南西太平洋方面に於ける両国の経済的活動
F
太平洋の政治安定に関する両国政府の方針

 前述の事情により茲に左記の諒解に達したり。
 右諒解は米国政府の修正を経たる後日本政府の最後的且公式の決定に俟つべきものとする。

@
日米両国の抱懐する国際観念及び国家観念
日米両国は相互に対等の独立国にして相隣接する太平洋の強国なることを承認する。
両国政府は恒久の平和を確立し、両国政府の尊敬に基づく信頼と協力の新時代を画さんことを希望する事実に於いて両国の国策の一致することを闡明せんとす。
両国政府は各国並びに各人種は相依りて八紘一宇をなし、等しく権利を享有し、相互に利益はこれを平和的方法により調節し精神的並びに物質的の福祉を追求し之を自ら擁護すると共に之を破壊せざるべき責任を容認することは両国政府の伝統的確信なることを声明する。
両国政府は相互に両国固有の伝統に基づく国家観念及び社会的秩序並びに国家生活の基礎たる道義的原則を保持すべく之に反する外来思想の跳梁を許容せざるの強固なる決意を有す。
A
欧州戦争に対する両国政府の態度
日本国政府は枢軸同盟の目的は防御的にして現に欧州戦争に参加し居らざる国家に軍事的連衡関係の拡大することを防止するに在るものなることを闡明する。
日本国政府はその現在の条約上の義務を免れんとするがごとき意志を有せず。
尤も枢軸同盟に基づく軍事上の義務は該同盟締約国独逸が現に欧州戦争に参加し居らざる国により積極的に攻撃せられたる場合に於いてのみ発動するものなることを声明する。
米国政府は其欧州戦争に対する態度は現在及び将来に於いて一方の国を援助して他方を攻撃せんとするが如き攻撃的同盟により支配せられざるべきことを闡明す。
米国政府は戦争を嫌悪することに於いて牢固たるものあり。従って其の欧州大戦に対する態度は現在及び将来に亘り、専ら自国の福祉と安全を防衛するの考慮により決せらるべきものなることを声明す。
B
支那事変に対する両国政府の関係
米国大統領が左記条件を容認し且つ日本国政府が之を保障したるときは米国大統領は之により蒋政権に対し和平の勧告を為すべし。
A:
支那の独立
B:
日支間に成立すべき協定に基づく日本国軍隊の支那領土撤退
C:
支那領土の非併合
D:
非賠償
E:
門戸開放方針の復活、但し之が解釈及び適用に関しては将来適当の時期に日米両国に於いて協議せらるべきものとす。
F:
蒋政権と汪政府との合流
G:
支那領土への日本の大量的または集団的移民の自制
H:
満州国の承認


 蒋政権に於いて米国大統領の勧告に応じたる時は日本国政府は新たに統一樹立せらるべき支那政府または該政府を構成すべき分子と直ちに直接に和平交渉を開始するものとす。
 日本政府は前記条件の範囲に於いて且つ善隣友好、防共共同防衛及び経済提携の原則に基づき具体的和平条件を直接支那側に提示すべし。

C
太平洋に於ける海軍兵力及び航空兵力並びに海運関係
A:
日米両国は太平洋の平和を維持せんことを欲するを以て相互に他方を脅威するが如き海軍兵力の配備は之を採らざるものとす。
右に関する具体的細目は之を日米間の協議に譲るものとす。
B:
日米会談妥結に当たりては両国は相互に艦隊を派遣し儀礼的に他国を訪問せしめ以て太平洋に平和を寿ぐものとす。
C:
支那事変解決の緒に付きたる時は日本国政府は米国政府の希望に応じ、現に就役中の自国船舶にして解役しうるものを速やかに米国との契約により主として太平洋に於いて就役せしむるよう斡旋することを承認す。但しその屯数などは日米会談に於いて之を決定するものとす。
D
両国間の通商及び金融提携
今次の諒解成立し両国政府之を承認したる時は日米両国は各その必要とする物資を相手国 が有する場合相手国より之が確保せらるるものとす。又両国政府はかつて日米通商条約有効期間中存在したるが如き正常の通商関係への復帰のため適当なる方法を講ずるものとす。尚両国政府は新通商条約の締結を欲するときは日米会談に於いて之を考究し、通常の慣例に従い之を締結するものとする。
両国間の経済提携促進の為米国は日本に対し東亜に於ける経済状態の改善を目的とする商工業の発達及び日米経済提携を実現するに足る金クレジットを供給するものとす。
E
南西太平洋方面における経済活動
日本の南西太平洋方面に於ける発展は武力に訴うることなく、平和的手段に依るものなることの保障せられたるに鑑み、日本の欲する同方面に於ける資源例えば石油、ゴム、錫、ニッケル等の物資の生産及び獲得に閲し米国側の協力及び支待を得るものとす。
F
太平洋の政治的安定に関する両国の方針
日米両国政府は欧州諸国が将来東亜及び南西太平洋に於て領土の割譲を受け又は現有国家の併合等を為すことを容認せざるべし。
日米両国政府は比島の独立を共同して保障し、之が挑戦なくして第3国の攻撃を受くる場合の救援方法に付考慮するものとす。
米国及び南西太平洋に対する日本移民は友好的に考慮せられ、他国民と同等無差別の待遇を与えられるべし。

日米会談

A:
日米両国の代表者の会談はホノルルに於て開催せらるべく、合衆国を代表してルーズベルト大統領、日本国を代表して近衛総理に依り開会せらるべし。代表者数は各国5人以内とす。尤も専門家、書記は之に含まず。
B:
本会談には第3国のオブザーバーを入れざるものとす。
C:
本会談は両国間に今次諒解成立後成るべく速かに開催せらるべきものとす。(本年5月)
D:
本会談に於いては今次諒解の各項を再議せず。両国政府に於いて予め取り決めたる議題は両国政府間に協定せらるるものとす。

附則

本諒解事項は両国政府間の秘密覚書とす。
本諒解事項発表の範囲、性質及び時期は両国政府に於いて協定するものとす。

以上、日米諒解案全文を紹介した。次に、最終案がまとまるまで繰り広げられた議論のポイントを紹介する。

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